【医療とDX】機械学習の個別化医療への応用について
機械学習の個別化医療への応用
近年、多くの大規模臨床試験に基づき、各疾病に対するガイドラインが整備されてきました。しかし、超個別化医療における人工知能への期待高齢社会で多病と多様な病態を有する高齢者においては、比較的若い患者さまの臨床試験から得られた画一的なガイドライン治療では対応できないのが現状です。同じ治療でも患者さまによって治療効果の現れ方には個人差があります。
最近の医療の動向として、病態の多様性を考慮して、一人ひとりに適した治療方法や予防対策を提供する個別化医療(Precision Medicine)が注目されています。最新の情報通信技術や医療機器により収集された大量の生体情報を処理・モデル化することで、的確な診断や治療、さらにその効果の予測を可能とする機械学習技術が個別化医療に応用されようとしています。
私たち藤聖会グループが実施している機械学習の個別化医療への応用例を紹介します。
機械学習を用いた個々の患者さまの転倒確率の予測と個別的転倒防止策
背景
入院患者さまには高齢者が多く、罹患している疾病だけでなく様々な要因により入院中に転倒される危険があります。従来、当院に入院される患者さまには転倒リスクアセスメントを実施し転倒防止策を講じてきましたが、転倒リスクは一人ひとり異なり、より個別性の高い転倒防止策が必要とされています。
当院では現在、入院時に患者さまごとの入院中の転倒確率と重要転倒要因を予測する機械学習モデルを構築しています。
目的
機械学習を用いて個別性を高めた転倒リスクや転倒要因の影響を定量的に予測し、効果的な個別対策を立てることを目標としています。
機械学習モデルの構築と性能
下図に示すように、543名(男性227名・女性316名、平均年齢78.7歳)の入院患者さまの転倒に関わる転倒リスクアセスメント47評価項目から、機械学習により転倒に関わる10個の重要項目を抽出しました。この重要項目を用いて、転倒確率を予測できる機械学習モデルを新たに構築したところ、交差検証による予測精度は8割以上でした。
症例提示
内科に入院した69歳の男性で、入院時に機械学習モデルが予測した入院中の転倒確率は87.8%とかなり高い値でした。そこで、説明可能な機械学習(eXplainable AI, XAI)の技術を使って、この症例の転倒確率に大きく影響する転倒要因を明らかにし、その要因を改善することにより転倒確率をどれくらい低減できるか予測しました。
上図の各転倒要因について、これを認めない場合を0(下段)、認める場合を1(上段)とした場合、この患者さまでは図中段に示すように、3階病棟入院(1)、転倒既往歴あり(1)、積極的性格あり(1)、ナースコールが押せない(1)、めまいあり(1)、の5つの要因を有していました。
これらの5つの転倒要因をなくしたとき、すなわち0となったとき、どれだけ転倒確率が低減するかを機械学習で予測した結果が緑のバーです。低減効果は、めまい、ナースコールが押せない、積極的、3階病棟入院の順に大きいことが分かり、低減効果から、患者さまの転倒に関わる要因の重要度ランクが分かります。また、転倒確率を低減するためには、30%以上の転倒確率の低下が見込める「めまいの治療」と、「ナースコールが押せるような訓練」、あるいはそれに代わるナースコール対策が最も効果的であるといえます。
一方で、もしこの患者さまに夜間頻尿が出てきたり、鎮静剤を服用させると、赤のバーで示すように各々10%近く転倒確率が増加することが予想され、看護計画上で注意を喚起すべき要因も絞ることができます。
結論
現在、当院の電子カルテには上記機械学習プログラムが実装されており、入院患者さまの転倒確率と転倒要因の影響力をいつでも把握することができます。これに基づき、患者さま一人ひとりの転倒リスクを低減できるよう個別性のある看護計画を立てています。
個別化医療における人工知能への期待
医療の中心的方針となっていた従来のEBM(Evidence-Based Medicine;根拠に基づく医療)から、今後は高齢患者さまの多様な病態に対応できる個別化医療がますます重要になってきます。
医学教育の基礎を築いたウイリアム・オスラーが残した言葉の中に「医学はサイエンスに基づいたアートである」という名言があります。機械学習に代表される人工知能(Artificial Intelligence)の医療への応用は、このサイエンスとアートをつなぎまたEBMと個別化医療をつなぐ「要」となる医療技術になっていくと思います。個別化医療は藤聖会グループが理念とするGood Neighbors(患者さま一人ひとりに寄り添った医療)に通じるものであり、この理念にAIという新たな医療技術を導入し地域医療に役立てたいと考えています。